2016年11月10日

冷たい熱帯魚』冷た

これを「とんでもない映画」と言わずして、何を「とんでもない映画」と言うのか. 『「冷」たい「熱」帯魚』というタイトルのように、理性と本能、ブラックジョークと血塗れなグロ、愛情と狂気という相反するものが同時に存在するこの恐ろしいほどにとんでもなく凄い映画. こんなとんでもない日本映画、今まで見たことがねぇ! まずこの映画は人間描写が物凄くリアルです. 特に村田の、相手に断る時間を与えない勢いは、まさに一代で財を築き上げた「人間をよく知る」社長さんによく見られる勢いそのまま. 夜中22時半に自分の熱帯魚店に社本一家を招いたり、その後夜中23時を回っているにも関わらず社本の店に押しかけたり、娘・美津子の世話や共同出資のおいしい話を持ちかけたり、そして機が熟したら妙子を犯したり、社本の前で豹変したり. とにかくこういう人はなまじ人間というものをよく知っている分、一度関わってしまうと逃げ出すことは絶対に不可能. もちろん相手を出し抜こうなんて考えても「人間をよく知っている」ためすぐに見破られますし、唯一対抗手段があるとすればこちらが相手の予想を上回る勢いで接するしかないんですよね. そんな村田は金儲けのためなら殺人もいとわない存在. しかも「ボデーを透明にする」という言葉の通り、まるで魚を下ろすかのように遺体をバラバラにし、骨は醤油風味に焼いて灰にし、肉片は川魚の餌にしてしまううえに、それを妻の愛子と阿吽の呼吸でやってしまうんですもん. もう殺人鬼というよりは肉屋か魚屋の夫婦かと言わんばかり. 鼻歌交じりの手馴れた作業で協力者だった顧問弁護士の筒井まで解体してしまうんですから、もはやここまで来るとグロを通り越した一種の仕事. 仕事の後にコーヒーを飲みたくなるのも分からんでもない感じでしたね. ただこの理性というタガを外し欲望という本能の赴くままに生きている村田夫婦の姿って何も特別な存在ではなく、普段私たちが性行為、特に初体験に及ぶ時の気持ちと同じなんですよね. というのも性行為って恥ずかしさという理性を捨て本能の赴くまま相手の体を貪るから楽しいものであり、一度その経験を済ませると誰だって次からは勢いをもって挑めるますよね. 社本が村田をめった刺したのも、妙子の裏切りに泣き叫び、愛子の中に入ってしまったことをきっかけに彼の理性というタガが外れた結果であり、そして一度理性というタガが外れてしまった社本の勢いは彼の本能の赴くままに娘・美津子を殴り、妻・妙子を犯す. この社本の勢いもまた村田夫婦の時と同じように誰の心の中にも存在しているものであり、それを私たちは狂気と呼ぶのでしょう. ナイキ 靴 そんな狂気の果て. 愛子と妙子を殺し、美津子の前で自分の頚動脈に包丁の刃を入れる社本. 誰にも止められない勢いは自分で止めるしかなかったのか、それともこの行為すら社本の本能の赴くままなのか. 最後に美津子が高笑いしていたのは恐らく彼女の本能の赴くままの結果だったのでしょうけど、どこか社本の狂気が美津子に乗り移った感じもしましたよ. それにしても黒沢あすかさん演じる愛子はでんでんさん演じる村田よりも、この映画の中では一番印象的でしたね. 性欲にではなく、いたぶられるのが好きな極度のドM属性に溺れていたいだけで筒井に抱かれ、社本の命じるままに村田を解体した彼女. 時に豹変するように村田を叱責することもあれば、楽しそうに夫の村田と一緒に鼻歌交じりで解体作業に勤しむ. そのどこまでも本能の赴くままに生き生きと楽しく生きた彼女が最後に半壊した村田を抱いた時、彼女は一時的にでも理性を取り戻していたのでしょうか. とにかく見終わった直後に、この映画を「楽しい♪」と本能で感じる自分と「凄い映画を見た」と理性で感想を述べる相反する2人の自分が同時に存在したことに思わず「えぇ? 」と口に出してしまったくらい、本当にこんなとんでもない日本映画、今まで見たことがねぇ! 映画でした. 深夜らじお@の映画館 はこの映画が三部作になると聞いて、さらに興奮してます. 距離リレー、日本女子のソチ五輪出場は絶望 ※お知らせとお願い ■ 【元町映画館】 に行こう.
posted by MatsuzakaKyoko at 03:41| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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